今では、ソフトバンクが携帯会社と言って疑いを持つ人はいませんが、2006年に「ソフトバンクが携帯をやる」と発表した頃はケチョンケチョンに批判されていました。
- 今更参入は、周回遅れだ!
- リスクが大きすぎる
- 一兆円をドブに捨てた
- 株価が6割下落
圧倒的な逆風から、どの様に現在の地位を築いたのでしょうか。
7分ほどの内容です。ぜひ最後までお付き合いください。
関連記事 ソフトバンク史上、最も無謀な挑戦ブロードバンド参入 | 国を脅迫、無料戦略、ゲリラ部隊
孫正義の迷い
珍しく孫正義は悩んでいました。
国内第3位のボーダフォンが、身売りしてもいいと言ってきているのです。
ヤフージャパン立上げ、ブロードバンド参入、ダイエーホークス買収と布石をうち、虎視眈々とモバイルインターネット時代を見据えてきたソフトバンクにとって願ってもない話のハズでした。
しかし...
孫正義は考えます。
死ぬ気で立ち上げたブロードバンドは4年で3554億の赤字を出し、ようやく黒字に転換したばかり。
すでに4700億円の借金があり、これに加えて、今回の2兆円に迫るであろう買収のリスクを背負うことになる。
ITバブルの崩壊で市場はすっかり冷え込み、ソフトバンクの時価総額は6000億、最盛期の3%ほどしかありません。
リスクが大きすぎる
成立すれば、日本の通信業界だけでなく、日本での企業買収としても最大のものとなります。
それをこの満身創痍のソフトバンクがやろうというのです。
「一度死んだら、2度と戦えなくなりますよ」クアルコム・ジャパンの松本氏に言われた言葉が頭をよぎります。
取締役会でも反対の声が大勢を占めます。
「今回ばかりは見送りか....」
ところが意外な人物が背中を押します。
社外取締役のファーストリテイリング・柳井正社長です。
むしろ買収しなかった場合のリスクを考えるべきだ
いつもはどんなM&Aにも基本反対する柳井氏がこの時ばかりは推進派にまわったのです。
「ファンドにでも買われたらもう終わりだ、ソフトバンクが急成長する最後のチャンスですよ」
「なんのために、ヤフー、ブロードバンドを立上げ、ダイエーホークスまで買ったんですか?
モバイル・インターネットの時代を見据えてでしょ?」
孫は創業からの自身の目的を思い出します。
「俺は、何を守りにはいっていたんだ」
そして、茨の道を歩む決意を固めました。
スティーブ・ジョブズとの約束
ボーダフォン買収を決めたとき、実は、孫正義には秘策がありました。
それは「iPHONEの日本独占販売権」。
これを知っていたのはソフトバンクの中でも2~3人の極秘事項でした。
参考:マネー現代 孫正義が初めて明かす「僕は経営の修羅場をこうして生き延びてきた」
ジョブズとの縁
スティーブ・ジョブズと孫は不思議な縁で繋がっていました。
孫の大恩人のシャープの佐々木正さんです。
自ら立上げたアップルを追放され傷心のジョブズは、伝説のエンジニアである佐々木にアドバイスを求めていました。
2つ目が、オラクル創業者のラリー・エリソン。
共通の友人であったエリソンの紹介で2人は出会い意気投合。
お互いの自宅を行き来する仲になっていきました。
スマートフォン
孫は、早い段階から「インターネットはパソコン中心の時代から、携帯などのモバイル中心の時代にシフトしていく」と予想していました。
その時代に活躍する端末はどんなものだ?
孫はアイディアを図面に起こしました。
それは、音楽プレーヤーであるiPodとMacのOSと携帯電話を組み合わせたモバイル端末。
早速、それを旧知のジョブズに「これを作ってくれ」と持ち込みます。
ところが、ジョブズは図面を見もしません。
ただ、微笑んでしました。
長年の付き合いで、すでに同じようなものをジョブズが開発していることを察した孫さんは、ジョブズに完成したときの日本での独占販売権を要求します。
ジョブズは「独占販売権をお前にやってもいい。」と言ってくれました。
孫は喜びます。
ただ、お前は携帯会社として日本のライセンスすら持っていないじゃないか。
話の続きは、ライセンスを取ってからだ
スマホなどまだ世の中にない時の話です。
孫正義の先見の明と人脈には驚かされます。
この2週間後、1兆8000億のボーダフォン買収を決め、携帯会社のライセンスを得ます。
孫正義は再びジョブズの元を訪れ、独占販売の約束を取り付けることに成功するのでした。
困難な道
確かにこの約束は素晴らしいものでしたが、これですべてが解決するわけではありません。
iPhoneの発売時期も未定であり、それまでに環境を整え生き残れなければ、意味がないのです。
ボーダフォン再建の課題は山積みでした。
- ボーダフォンはドコモとKDDIに押されユーザが減少傾向の泥船
- 繋がりにくいと評判で電波改善が急務だが、そもそも周波数帯が不利。
- 10月24日に迫ったMNP(番号持ち運び)制度導入ではユーザの大幅流出が予想される
- 頼りにしたいボーダフォン社員は長期の低迷で負け癖がついている
このままでは、完璧主義で知られるジョブズに約束を保護されても文句はいえません。
まだまだ道は険しく、茨で覆われていました。
険しい道のり
世間からの冷たい視線
ソフトバンクは最初からボーダフォン買収しようとしていたわけでありませんでした。
始めは自前でネットワークを1から構築することを検討したが、試算すると採算が取れるようになるまで10年はかかる。
そこで、MVNO(仮想移動体通信事業者)を検討。
ボーダフォンと交渉を続けていたところ「買収」の話が飛び出したのです。
買収交渉が始まったのは良かったのですが、世界的企業であるボーダフォンはあの手この手で価格をつり上げてきました。
- 買収の競合の噂(ガセ)がでて金額を上げざるを得なくなる
- 買収交渉がリークされ、ドコモやKDDIの顧客囲い込み戦略が加速、交渉を急がされる
- 出し渋りによるつり上げ、結局100%売却となった。
こうして買収価格は、日本市場最大規模の1兆8000億円まで膨れ上がりました。
2006年3月17日、ボーダフォン買収発表会見、孫社長が感きわまり口にした言葉が印象的でした。
「気がついてみれば、かなり遠くへ来たもんだ」
ただ、時価総額6000億の企業が、1兆8000億の企業を買収という、身の丈を超えた買収に世間は冷たく。
「孫正義は1兆円をドブに捨てた、もっと安く買えた」
「リスクが大きすぎるのではないか」
「携帯事業ではこれまでのソフトバンクのタイムマシーン経営が通じない」
と厳しく批判され、株価は1週間で6割株価が下がってしまいました。
また、買収が決まったソフトバンクの幹部がボーダフォンの状況をチェックして明らかになったのは、万年3位で負け癖がついた、だらけ切った姿でした。
「1から変えていくしかない」ソフトバンク幹部は覚悟を決めます。
しかし悠長な事は言っていられませんでした。
2006年10月24日、番号ポータビリティ制度が導入迫っています。
このままでは、「ボードフォン」改め「ソフトバンク」のユーザーは、ライバルのドコモ、KDDIに流れてしまいます。
「3分の1のユーザが流出する」
事前調査では衝撃的な数字が出ていました。
起死回生の前日記者会見
「なんとしてもユーザの流出を止める!」
孫正義は番号ポータビリティ制度が導入の前日、記者会見を開きます。
「NTTドコモとKDDIはもうけ過ぎだ!ソフトバンクは携帯価格の改革を行います」
基本料金2880円、ソフトバンクのユーザ同士なら夜9時~1時までを除いて通話料金無料の画期的な料金プランを発表したのです。
予想外の結果
これには、巨漢NTTドコモも黙っていられませんでした。
長年この国のモバイル通信インフラを担ってきたプライドがあります、ポッと出での新参者に言われっ放しではいられません。
4日後の中間決算の記者会見で反撃に出ます。
参考:日経XTECH「あのプランに入る意味は全くない」――NTTドコモの中村社長がソフトバンクの予想外割を批判
「NTTドコモはもうけ過ぎだと言われるが、欧米諸国と比べても料金は最低水準だ」
「0円と言うが欄外に小さい字で米印(※)で例外が色々書いてある、フェアじゃない」
確かに、ソフトバンクの広告は大きな「0円」の端っこに小さな文字で例外の条件が書き連ねられています。
ソフトバンクは、公正取引委員会に注意を受ける事態に。
攻撃したつもりが逆に手痛いカウンターを受けてしまいました。
そうして迎えた、番号ポータビリティ制度開始。
ソフトバンクは最初の週末にシステムトラブルで契約受付できなくなる痛恨のミス!
序盤戦は、散々たる結果となりました。
巻き返し
ホワイトプラン
2007年1月5日、ソフトバンクは起死回生の一手をうちます。
基本料金980円の「ホワイトプラン」の発表です。
今度は引っ掛けなし、私はもう米アレルギーでパン食になりました
この料金プランによりソフトバンクの人気は一気に高まります。
ボーダフォン時代からの「つながらない」との評判の撤回にも取り組みます。
ソフトバンクはドコモやKDDIが持つ「プラチナバンド」と違い、建物の中でつながりにくい高い周波数帯しか持っていませんでした。
そこで、建物の中にアンテナを立てまくりました。3年以内に基地局を2万⇒4万6000に倍増させる計画も動き出し、徐々にその成果が見え始めてきます。
また、今では当たり前となった、割賦(わっぷ)契約を業界初導入し、ユーザの解約率減少に成功。
2007年5月、こうした戦略が実を結び、買収からわずか1年足らずにして早くも成果が出ます。
契約者数の純増数(契約数 ― 解約数)がNTTドコモとKDDIを抜いて初めてトップに躍りでたのです!
なんとソフトバンクはこの首位を12ヶ月キープします。
2007年6月から始まった犬のお父さんの白戸家のCMも好調で、2007年のCM好感度調査で年間首位に選ばれました。
ちなみにこの首位は2007年から2014年まで8年連続となります。
好調なソフトバンクは、いよいよ最終兵器を投入します。
iPhoneの独占販売
2007年1月、スティーブ・ジョブズが発表したiPhoneは世界に衝撃を与えます。
アップルは電話を再発明していく
iPhoneの人気は日本でも報じられましたが、初号機は通信規格の関係で日本では使えず、日本のユーザは1年以上も待たされます。
日本での発売への期待は日増しに高まってきていました。
アップルは当時iPhoneの発売を各国の最大キャリア1社に絞っていて、日本ではNTTドコモから発売されるだろうと目されていました
ところが、2008年6月4日、ソフトバンクがiPhoneの独占販売を発表。
ジョブズは孫正義との約束を守ったのです。
iPhoneを待っていた日本のユーザーはソフトバンクに殺到しました。
2008年7月11日、ソフトバンクがiPHONE独占販売開始。さらに2010年5月28日、iPadもソフトバンクが独占販売。
アップル製品の独占により大きくシェアを伸ばし、大手キャリアの一角として存在感を増していきます。
2020年現在、参入直後16%だったシェアは、MVNO(格安SIM)の台頭で各社シェアを落とす中、21.4%に増加。
NTTドコモとの差は、38.3%から17.3%まで20%以上も縮まっています!
◆2007年4月 参入直後
NTTドコモ :54.2%
KDDI :28.5%
ソフトバンク :16.5%
◆2019年12月 現在
NTTドコモ :38.1%
KDDI :27.9%
ソフトバンク :21.4%
MVNO(格安SIM):2.6%
現在、携帯はソフトバンクに安定した利益をもたらす基幹事業となっています。
こうして、無謀な買収と世間から酷評され、株価の6割減少をもたらした「ボーダフォン買収」は、結果的に大成功を収めるのでした。
スティーブ・ジョブズ
たった一台の携帯電話 iPhoneの登場により世界の人々のライフスタイルは一変しました。
その立役者であるジョブズは、通信インフラがようやく整ってきた現在の世界の姿を見ることなく、2011年に亡くなっています。
ただ、孫正義さんと同様、IPhone 誕生までの道のりは決して平坦なものではありませんでした
戦いは続く
2020年9月に就任した菅義偉首相が重点施策に掲げたことで、携帯料金の値下げが注目を集めています。
また、MVNO(格安SIM)の台頭、楽天の参入など3大キャリアといえど胡座をかいては居られなくなってきています。
参入当初に比べたら牙が抜け落ちた感があるソフトバンク。
久しぶりに世間をあっと言わせる「攻め」の姿勢をみたいですね。
現在のソフトバンクは何をしているのか?
このあと2018年頃、「通信事業」から「投資会社」への変革を宣言します。
その前から積極的に投資は行っていたのですが、何をしていて、何が本業なのか非常にわかりずらい状況に。
現在のソフトバンクの状況について、次の記事でザックリ解説しています。
もちろん、孫正義は今も最前線で闘い続けています。