2020年8月、孫正義さんは60代での引退計画を撤回しました。
その「引退撤回」の始まりは4年前、2016年6月の後継者アローラの退任です。
孫正義は当時、「心変わりし事業を続けたくなった」と説明していましたが、「孫正義 300年王国への野望 (日本経済新聞出版)」によるとある幹部は次のように証言しています。
孫さんの説明は事実だがそれがすべてではないよ
ソフトバンクが揺れた!2015年のアローラ後継者指名
2015年5月、58歳の孫正義は、自らグーグルから引き抜いた48歳のアローラ氏を「60代で引き継ぐ」後継者に指名しました。
その時の人事にソフトバンク社内はざわつきます。
アローラを代表取締役副社長とヤフー取締役会長に就任させ、反対に長年ソフトバンクに仕えていたメンバーを降格するというドライな人事だったのです。
- 大番頭の宮内謙さんが副社長から取締役に降格
- 1年前に取締役になったばかりの攻めの財務・後藤芳光さんが取締役から外れる
インド生まれのニケシュ・アローラ氏は、孫さんより10歳年下の48歳。
あのグーグルの副社長をしていましたが、ヤフーの検索エンジンをグーグルに変更する交渉を通じて孫社長に見込まれ、熱烈なラブコールを受けた末、2014年9月ソフトバンクに入社しました。
孫さんのアローラへの熱の入れようはもの凄く、様々な逸話が残されています。
ストーカー級!孫正義のアローラ寵愛伝説
165億円で引き抜いた
孫正義は、アローラを自身の年間役員報酬(1億3100万円)の125倍もの報酬、165億円でグーグルから引き抜いた。
165億は、当時の世界第三位の高額報酬。
1位は米GoProのニック・ウッドマンCEOの約340億円で、2位は米リバティ・グローバルのマイク・フライズCEOの約170億円。
紙ナプキンに条件を書き込んでスカウト
「僕は子供の頃から剣道をやっていたけど、すっと構えた時に相手の強さが分かる。交渉の席だったが目つきや言動から、これはすごい人物だとすぐに分かったよ」。
レストランでの会食中、テーブルにあった紙ナプキンに条件を書き込んでスカウトしたそうです。
スティーブ・ジョブス級の評価
孫正義さんはアローラを次のように最大限の言葉で評価しています。
「ビル・ゲイツ(マイクロソフト)、スティーブ・ジョブス(アップル)、ジャック・マー(アリババグループ)と同格レベルのすごさを感じたのがニケシュだった」
ストーカー並みの勧誘
勧誘に対して「グーグルを愛しているので、あり得ません」と返答するアローラに孫が言い続けた言葉は「レッツトライ!」
スカウトにあたり、自ら何度も勤務先に電話をし、何度も直接会って口説きました。
たまたま電話した時にアローラがいた南イタリアに面会に行った結果、アローラの結婚式にまでも出席してしまったそうです。
起きたら電話、寝る前に電話
2014年9月のソフトバンク入社後も勢いは止まりません。
朝起きて真っ先に電話し、寝る直前に電話。
月に2週間はFace to Faceで一緒に仕事し、メールもしょっちゅう、1日に何通もやり取りしているとか。。
「マサとは毎晩のように夕食をともにしたし、ランチも一緒だったし、よく散歩にも出かけました」
アローラもこのように回想しています。
「私の妻は、孫社長が電話をかけてくるのをあまり喜んではいません」とも言っていますが....
熱心にスカウトはしましたが、普通、ソフトバンク以上に勢いがあり、巨大企業であるグーグルの幹部は引き抜けません。
孫さんも半信半疑だったようです。
そもそもアローラはグーグルでの年俸は数十億円の上のほうで、日産のゴーンさんを何倍も上回っていた。ソフトバンクに来てくれと言いつつ、心の中で「ありえないな」と。まさか決心してくれるとは思わなかった。
アローラもそれだけ孫正義とソフトバンクの未来を高く評価していたという事でしょう。
孫社長はビジネスイノベーターであると。(Google創業者の)ラリーやセルゲイと同じような形でビジネスの革新者であるというように確信を持ちました
では、孫正義にこれだけ評価されるアローラ氏とはどんな人物なのでしょうか。
アローラの経歴とソフトバンクでの実績
アローラの経歴
1968年、インド北部で生まれたニケシュ・アローラは、決して高い身分の生まれではなく、カースト制度のインドでは圧倒的不利な生い立ちでした。
営業マンとして働いていた22歳の時に一大決心し、MBAを取るためにアメリカにわたります。
警備員やバーガーキングなどアルバイトで学費を賄い、何とか卒業、唯一内定がもらえた投資信託会社に入社。
実績を積み、ドイツテレコムなどを経て、2004年グーグルへ入社、2011年には営業部門のトップまで上り詰めます。
Yahoo!japanの検索エンジンをグーグルに変更する交渉相手として孫社長と出会い、熱烈なラブコールを受けた末、2014年9月ソフトバンクに入社となります。
アローラの実績
グーグルの副社長で、百戦錬磨の孫正義が見初める人物ですので、非常に優秀なのは間違いありません。
ソフトバンクでも順調に実績を積み上げます。
広範な人脈を活用し見つけた海外投資は、地元インドを中心に20件近くに達し、いずれも成果を出しています。
「アローラの頭の良さは人の2~3倍、でも人脈は20~30倍」
Yahoo!Japan副社長の川邊さんはこのように評価しています。
孫さんも「ソフトバンクにプロフェッショナルな分析や交渉、マネジメントを持ち込んでくれた」と高く評価。
さらにソフトバンクの株まで購入して、忠誠心を見せます。
実はこれ孫さんから1200億分の株の購入を迫られたそうです。
法外な金額に一晩悩んだ結果、「600億なら...」
借金までして購入したそうです。
しかし、2016年6月22日、孫正義の寵愛を受けたアローラは、ソフトバンクを去ることになります。
なぜ孫正義は後継者アローラをクビにしたのか【1つの理由と2つの疑惑】
孫正義の語るアローラ退任の理由
孫正義さんは、2016年6月の定時株主総会で、アローラ退職の人事について次のように語りました。
60歳の誕生日の夜、パーティを開き、「明日から社長をニケシュに譲る」と発表して皆を驚かそう、本気でそう思っていた。ところが、残すところ1年余りとなり、妙な欲が出てきた。
孫「アローラ、やっぱり俺はあと5~10年は社長を続けたい。キャプテン(船長)でいたい。君を副船長のまま10年も待たせるのは申し訳ないと思うのだが、率直なところ君はどう思う」
アローラ 「マサ、正直に言うけど、俺はやっぱり10年も待てない。」
孫 「そうかそれじゃしょうがない。君は新しい船を探してもらいたい」
今回は本当に悩みました。彼が一番の被害者なんです。なかには高給すぎるという声もありますが、グーグルにいればうちが払っている程度の報酬は得られた。
それでもリスクを冒して、人生を賭けてうちに来てくれた。彼には申し訳ないことをしてしまった。
・ ・ ・
ちなみに、アローラ氏の退職金は68億円で最後まで「厚待遇」ではありました。
その後、後継者探しの話題はなくなり、2020年6月の株主総会での孫正義引退撤回宣言に至ります。
2つの疑惑
アローラ退任の理由は、孫正義の心変わりだけなのか「孫正義 300年王国への野望」には2つの疑惑が記されています。
疑惑①アローラの資質
平たく言うと、ソフトバンクに入っていきなり後継者指名されたアローラ氏は嫌われていたようです。
古参幹部など先達へのリスペクトがなく、自分が外部から連れてきた外国人幹部など一部人間を重用。
嫌気がさして辞めた古参幹部も多かったそうです。
また、ワイガヤ方式の孫さんと違い、会議は「チーム・アローラ」だけの密室型に変わっていき、その点への不満も社内に渦巻いていました。
社内からは次のような声が聞こえてきます。
「そもそもニシュケのことでよい事なんて聞きますか?あれだけ頭の良い人間が、なぜ自分がこれだけ嫌われているか、気づかないほうが僕には不思議でしたね」
「アローラ氏はビジネスを見立てる目や判断に優れてはいたが、巨大組織をまとめるにはどうかと孫さんは最後、躊躇したようだ」
ただ、グローバルで活躍しながら主要幹部は日本人で占められているソフトバンクで、外国人のアローラが「自分の腹心を集めて地位を固めたい」と思うのは理解できる面もありますし、日本側の嫉妬もあるでしょう。
少し割り引いて聞く必要があるかと思います。
疑惑②インサイダー取引疑惑
2016年1月、ソフトバンクに「アローラ氏がアリババ株の売却に関して、インサイダー取引にかかわっていた可能性がある」と疑惑が記された書簡が届きました。
送付したのは、米法律事務所ボーイズ。
アローラは、ソフトバンクに入社後も米投資会社の幹部を兼任していて、ソフトバンクで得た情報を使って投資をしていたというのです。
ソフトバンクは徹底的に調査し、その資料は数百ページにも及んだそうですが、対外的には「アローラ氏は白」と公表されただけでした。
その公表のタイミングはアローラ氏の電撃退任発表の一日前。
憶測を呼ぶのも無理はありません。
元議員で、社長室長を8年勤めていた嶋氏は次のように話しています。
「もし僕が当時社長室長だったら徹底的に『身体調査』をやって、絶対に入社を止めていた」
アローラ退任の真相!?
2018年3月、ソフトバンクは「アローラへの告発文書が出た」件に関して特別調査委員会を立ち上げました。
アローラ氏らの退任要求に絡んで社内に協力者がいた疑惑が持ち上がったのです。
調査結果についての報道は出ていませんが、アローラ氏が社内でよく思われていなかったのは間違いなさそうです。
2015年の後半、アローラ主導でソフトバンクの本社を英国へ移転する計画がありました。
それによってアローラに対する日本人幹部の不満が爆発、外国人投資家を通じて例の疑惑が投げかけられたというストーリーのようです。
参考:Net IB News「ソフトバンクがアローラ元副社長の退任を巡り特別調査委員会」
当然、国内組の不満は孫さんの耳にも届いていたでしょう。
孫さんが言う「自身が社長を続けたいとの思いが芽生えた」のも事実で、合わせ技で「アローラ解任」となったのが真相と推測します。
実は2度目の追放
実は孫さんは似たようなことを繰り返しています。
その時も古参メンバーが冷遇され、社内の不満が爆発。
ソフトバンク後継者候補どころではありません。
社長解任劇に発展しました。
歴史は繰り返すと言いますが、3度目がないことを祈ります。
困難な今後の後継者選び
今後の後継者は困難を極めると思われます。
なぜなら、そもそも人が作った会社=ソフトバンクに入社するような人は「孫正義ではない」からです。
どうしても偉大な創業者と比べらえる「後継者」はそれだけで不利ですし、孫さん同様の才覚がある人は自分で会社を興してるでしょう。
ないものねだりの後継者探しがどのように落ち着くのか注目ですね。
孫さんの引き際については次の記事でも考察していますのでチェックしてみてください。
comming soon
アローラ氏のその後
ちなみにアローラ氏は、2018年にアメリカの情報セキュリティー会社のパロアルトネットワークス(売上高は約1900億円)の会長兼最高経営責任者(CEO)に就任しています。
売り上げから見るとソフトバンクからのスケールダウン感は否めませんが、孫が見出したアローラがこのまま終わるとは思えません。
当然巻き返しを狙ってパロアルトネットワークスに入社しているでしょう。
孫さんには及ばないと思いますが、もともとアローラ氏は後継者としては「超優良」です。
- グーグルの副社長にもなった手腕と人脈
- 「投資会社ソフトバンク」に必要なグローバルな投資能力
- これから世界の大国となっていくインドの出身でインドに顔が利く
10年後、パロアルトネットワークスがソフトバンクと同等の巨大企業に成長し、孫社長がようやく引退を決めたてソフトバンクに返り咲く。
そんなストーリーも面白いんじゃないでしょうか。