狂騒の20年代| グレート・ギャツビーと「靴磨きの少年の逸話」の舞台となったバブルはなぜ崩壊したのか

狂騒の20年代| グレート・ギャツビーの舞台となったバブルはなぜ崩壊したのか

狂騒の20年代は、1920年代のアメリカのバブルです。

あの名作「グレート・ギャツビー」はこの時代のアメリカの盛り上がりが舞台となっています。

本記事の内容
  • 狂騒の20年代の背景、グレートギャツビーの世界
  • 世界恐慌の原因となった「バブル崩壊」の理由
  • ジェシー・リバモアと暗黒の木曜日
  • なぜジョセフ・ケネディは靴磨きの少年を見つけることができたのか

「靴磨きの少年」の逸話も生み出したこのバブルの背景と崩壊の原因に迫ります。

靴磨きの少年を発見したケネディ家

靴磨きの少年を発見したケネディ家

1928年、ウォール街を歩くその紳士は、ふと思い立ち、道の靴磨き少年に靴磨きをしてもらう事にします。

「旦那、すごくいい銘柄を知ってるんですが、お教えしましょうか?」

靴を磨いてもらいながら、少年の話を聞いていた紳士は、はっと気付きます。

「こんな少年までもが、株の話をするようになったら、その相場は終わりだ」

紳士はすぐに部下に指示し、保有しているか株のほとんどを売却します。

その数日後、ウォール街は大暴落、誰も買い手がいない状況とないます。

「危なかった...」

こうして、この紳士ジョセフ・ケネディは暴落直前に株を売り抜け、巨大な利益を確保することができました。

彼はこの資金をある政治家に投資します。

1932年の大統領選挙で当選したF・ローズヴェルトです。

ジョセフ・ケネディは功労者として政界入りし、駐英大使に抜擢されました。

大統領になるというジョセフの夢は、息子のジョン・F・ケネディに引き継がれます。


この話、ジョセフの作り話との説もありますが、こんな話が生れるほど、当時の世間の誰もが株に熱狂していたのは事実です。

その熱狂はどの様に起こり、そして崩壊したのでしょうか。

時代背景、グレートギャツビーの世界

時代背景、グレートギャツビーの世界

狂騒の20年代の時代背景

第一次世界大戦(1914-1918)後の1921年、ウォレン・ハーディング大統領が就任時、アメリカは不況の底にあり、失業率は20%にも達していました。

そこでハーディングは自国優先の政策を掲げて、景気の回復を図りました。

ハーディング
ハーディング

常態に戻ろう。アメリカ第一!

  • 国債減らし
  • 減税(とくに富裕者への所得税を元に戻す)
  • 農産物の利益保護
  • 移民制限

そう、現在(2020/10/29)のトランプ大統領と非常に似ている大統領なのです。

この政策の効果絶大でした!

戦場となったヨーロッパ経済が立ち直りにもたつく間に、戦場にならなかったアメリカが立ち直りが早かったのも功を奏しました。

アメリカ合衆国は空前の経済大国に成長し、世界最大の債権国に。

貿易黒字に加え、大戦中に買っておいたヨーロッパ諸国の戦時国債の償還も始まり、大量の資金がニューヨークのウォール街に流れ込みます。

ヘンリフォードによる自動車の大量生産方式による産業界の生産効率の増加など、工業生産力を急激に伸ばしました。

経済政策で景気が回復して行く中で、ヘンリフォードによる自動車の大量生産方式による産業界の生産効率の増加など、工業生産力を急激に伸ばしました。

アメリカはイギリスから世界最大の工業国の地位を奪い、アメリカ国民の多くは「永遠の繁栄」が約束されていると考えるようになっていきました。

人々の暮らしは飛躍的に豊かになっていったのです。

グレート・ギャツビーの世界

グレート・ギャツビーの世界

この時のアメリカの熱狂が舞台となったのが、アメリカ文学を代表する作品の一つであると評価されて「グレート・ギャツビー」です。

この作品は、1925年、まさに競争の20年代のど真ん中に刊行されています。

作品の結末が、狂騒の20年代の終わりの壮絶さとリンクしていて、狂騒の20年代をそのまま体現したような作品となっています。

さらに脱線しますが、中田敦彦さんのPERFECT HUMANのPVはレオナルド・ディカプリさん主演映画「グレート・ギャツビー」のオマージュだそうです。

世界恐慌の原因となった「バブル崩壊」の理由

始まりはフロリダの土地ブーム

始まりはフロリダの土地ブーム

1920年代半ば、フロリダで不動産ブームが起こりました。

自動車が普及し、ニューヨークから自動車でいけるリゾート地として注目が集まりました。

はじめは需要増にともなる値上がりでしたが、次第にそれを超える勢いで値が上がっていきます。

バブル期の常として詐欺が横行し、フロリダのほとんど利用価値のない土地までもが高値で取引されました。

フロリダのバブルは1926年にハリケーンの来襲とともに崩壊しますが、熱狂は収まらずニューヨークの株式市場でバブルが発生します。

きっかけは1927年の公定歩合の引き下げでした。

空前の繁栄を謳歌していたアメリカの多くの人々が投機に参観するようになり、人々は熱狂していました。

狂騒

狂騒

買いが買いを呼び、ニューヨークダウは1921年からの1929年の8年で5倍になっていました。

株価は一本調子で上昇しましたが、次の理論がまことしやかに語られ、株価の高騰を誰も疑いませんでした。

  • 1913年にFRB(連邦準備制度理事会)ができ、景気の調整をしてくれる機関ができたことで景気循環(景気が拡大と衰退を繰り返す事)のない新時代が来た
  • ピークで株式を購入したとしても長期間持ち続ければ高い確率で証券投資より利益が得られる(株式投資の正当化)

賃金も上昇し、庶民は家電やクルマを買い求め、株式や債券、土地に投資するようになりました。毎日の株価が主婦の話題になり、マスコミがこれを煽りました。

賃金も上昇し、庶民は家電やクルマを買い求め、株式や債券、土地に投資するようになりました。毎日の株価が主婦の話題になり、マスコミがこれを煽りました。

1929年1月、株価高騰を背景に、フーヴァー大統領が施政方針演説の中で自画自賛しました。

 フーヴァー
フーヴァー

アメリカは貧困を克服した

また、経済学者アーヴィング・フィッシャーは、有名な予言を行っています。

 フィッシャー
フィッシャー

株価は、恒久的に高い高原のようなものに到達した

FRB出動

さすがにまずいと思ったFRBはブレーキをかけるため動きます。

投機を抑制するために、利上げをしたのです。

すぐには効果は上がりませんでしたが、徐々に実体経済に影響を与え、失業率の上昇が問題になり始めます。

ニューヨーク、ウォール街の株式市場では、1929年9月をピークとして株価は徐々に下がり始めました。

そして、運命の日が訪れます。

大暴落
1929年10月24日、暗黒の木曜日、ウォール街の大暴落が始まってしまいます。

1929年10月24日、暗黒の木曜日、ウォール街の大暴落が始まってしまいます。

暗黒の木曜日

暗黒の木曜日

大暴落初日となった1929年10月24日の、いわゆるブラックサーズデー。

その日は当時の記録破りとなる1,290万株が取引されました。

同日13時、ウォール街の幾人かの指導的銀行家が取引所での恐慌と混乱に対する解決策を見つけるために落ち合います。

  • モルガン銀行の頭取代行トマス・W・ラモン
  • チェイス国定銀行頭取のアルバート・ウィギン
  • シティバンク社長のチャールズ・E・ミッチェル

銀行家たちの財務力をもとに、市場価格よりもかなり高い価格でUSスチール株を大量に購入する注文を出しました。

続いてほかの優良株に同じような買い注文を出します。

この操作は1907年の恐慌を終わらせた戦術に類似しており、その日の崩落を止めることに成功、金曜日もなんとか壊滅的な被害は防ぐ事が出来ました。

ブラックマンデー

しかし、市場が休みの週末、ウォール街のパニックがアメリカ合衆国中の新聞で報道され、投資家を震え上がらせます。

週明けの28日(月曜日)、多くの投資家が市場から引き上げ、その日のダウ工業株平均は13%下落するという記録的なものになり、再び大規模な株価崩壊が起こります。

人々はこの日を「ブラックマンデー」と呼びました。

悲劇の火曜日

翌29日(火曜日)、ゼネラルモーターズの創業者ウィリアム・C・デュラントが立ち上がります。

ロックフェラー家の家族やほかの金融界の巨人たちと一緒になって、大衆に市場における彼らの自信を示すために大量の株式を買い支えたのです。

偉大な資本家達の努力により、危機を回避するかに見えました。

悲劇の火曜日

ところが、株価の下落は止まりませんでした。

その日にダウ工業株平均はさらに12%下落。

壊滅的な株価崩壊が起こりブラックチューズデー(悲劇の火曜日)と呼ばれることになります。

市場はその日だけで140億ドルを失い、1週間の損失は300億ドルとなりました。

これは連邦政府年間予算の10倍以上に相当し、第一次世界大戦でアメリカ合衆国が消費した金よりもはるかに多いものです。

アメリカ合衆国と世界に広がる前例のない、また長期にわたる経済不況の警鐘と始まり。

株価大暴落は1か月間続きました。

この下落は、世界恐慌と呼ばれる世界的な不況に繋がり、1930年代を通じて資本主義世界の何百万という人々から職を奪うことになります。

暗黒の木曜日のジェシー・リバモア

ウォール街のグレートベア」と呼ばれる天才投資家ジェシー・リバモアは、このバブルの崩壊を早くから予見していました。

FRBが利上げを始めると、自宅を抵当に入れてまで投資資金をかき集め、100銘柄以上の株に空売りを仕掛けます。

ジェシー・リバモアの動物的勘は「今が売り時」と言っていました。

しかし、彼が空売りしていることは、ウォール街中で噂になります。

10月24日の暗黒の木曜日の朝、銀行家達はリバモアに「空売りを止めろ」と脅迫状を書いたそうです。

しかし、「ウォール街のグレートベア」は脅しには屈しませんでした。

その後も空売りの上乗せを続け、この相場で生涯最高1億ドルの利益を得ます。

お金と投資家としての名声は得ましたが、アメリカ中から恨みを買ったリバモア。

最後は悲劇的な結末を迎えることになります。

バブルは繰り返す

世界恐慌まで引き起こした、「狂騒の20年代」のバブルのお話は以上になります。

「永遠の繁栄が約束されている」

「FRBのおかげで景気循環のない新時代が来た」

今から振り返れば、そんなことあるわけないと言えますが、その時代にいるとわからないもののようです。

その証拠に、この後も人類はバブルを繰り返します。

お次は、今日は誰もが恩恵に預かっている「IT」が発端となったバブルです。

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