株の大量保有により、その企業の経営に関与し『物言う株主』として利益を実現していくアクティビスト。日本では村上世彰さんがその第一人者として認知されています。
アメリカに「ミニバフェット」の愛称で呼ばれるビル・アックマンという著名アクティビストがいます。
莫大な資産を築き豪邸に住む成功者なのですが、ハーバライフと言う会社への投資で大失敗しています。その失敗は私たちに大事な教訓を与えてくれるものです。
本記事はアックマンの経歴や7つの大企業との闘いをご紹介するとともに、ハーバーライフの失敗から学べる教訓をまとめています。
ビル・アックマンのアクディビストへの道
ビル・アックマンはニューヨーク州のチャパクアの不動産業を営む裕福な家庭で生まれ育ちました。
名門のハーバード大学に行き、優秀な成績で卒業します。
父親の不動産業ではなく投資の世界に興味を持ったアックマンは、ハーバード大学の同級生と共にファンドを設立します。
1995年、数人の投資家から集めた300万ドルの運用資産で運用をはじめると、2000年には5億6800万ドルまで成長させ、世間にその天才ぶりを見せつけました。
ちなみにこの頃は割安株を見つけ投資するバリュー投資のスタイルでした。
調子に乗ったアックマンは得意分野から逸脱し無茶なポジションを取るようになります、そうするとみるみる資金は減少、2002年末にファンドは閉鎖に追い込まれてしまいました。
しかしアックマンは一度の失敗であきらめるように人物ではありませんでした。
2004年、新ファンドを設立し2億2000万ドルをあつめると、バリュー投資からガラリとスタイルを変え、アクティビストの道を歩み始めるのです。
名を上げたMBIAへの7年間の空売り
この投資は新会社設立前の2002年から始まります、アックマンは金融保証会社最王手のMBIAがトリプルAの格付けを受けている事に疑問を持ちます。
MBIAは自己資本に対して補償している債務が巨額過ぎる。
リスクの高い証券に手を出し過ぎていて会計操作をしてごまかしているに違いない。
アックマンは大量の売りのポジションを取ると、MBIAのビジネスモデルの弱点と会計の穴についてレポートにまとめ、世間に公表し一気に追い詰める作戦をたてました。
レポート公開前にチェックのため著名アナリストに見てもらいます。ところが、このアナリストはこのレポートをリーク、MBIAのCEOジェイ・ブラウンの知るところとなります。
ブラウンはアックマンと一対一の会合を要求。
この報告書の公表を取りやめてもらいたい
真実を公表して何が悪い
こちらにはニューヨーク市に強力な人脈がある。若造、よく考えてみるんだな
脅しにも屈せずアックマンはレポートを公開。
MBIAは「株価操作だと反発」その直後から様々な問題が身に降りかかってきました。
当時のアックマンはすでに成功を収めていました。ハーバードで出会った妻との間に二人の女の子に恵まれ、相当の資産を持ち、セントラルパークの有名なマンションに八部屋もある家を構えています。
その順風満帆な人生に影がさします。
- アックマン会社の合併話がとん挫する
- ニューヨーク州の検事総長、のエリオット・スピッツアーから半年にも及ぶ聴取を受ける。
- 新聞に連日報道され、世間から白い目で見られる。「娘を保育園に連れていくのも嫌だった」
アックマンは劣勢でしたが、世界的な金融危機を迎えるなか、形勢は徐々に逆転していきます。
MBIAもサブプライムローンを含んだ証券を多く保有していたため、経営状態が悪化していったのです。
2007年10-12月期に最終赤字を出し、2008年6月にはついにトリプルAを失いました。
ビル・アックマンは7年にもわたる世間の批判に耐え、勝利を収め、14億ドルの利益を得ましました。
この出来事により「もの言う株主」ビル・アックマンの名は一躍知られるようになりました。
マクドナルドVSアックマン
2005年、標的はあのマクドナルドでした。
マクドナルドを分析し、直営店の廃止してフランチャイズ化することなどを提案しました。
マクドナルドはブランド名を売ってロイヤリティを取る会社だ
直営店でも利益を出している。ヘッジファンドに何がわかるっていうんだ。
直営店は不動産の賃料を払っていない見せかけの利益を出しているに過ぎない
ビジネスは金融工学の演習じゃない、マクドナルドのビジネスモデルをまっったく理解していない
アックマンは、マクドナルドとの争いの中で加盟店の信頼を得るために長女と一緒にハンバーガーを焼いたりもしました。 パフォーマンス好きなのです。
アックマンの提案はマクドナルドから拒絶し続けられましたが、裏ではマクドナルド側は直営店のフランチャイズの売却を始めたと言われています。
そして、事実、アックマンが投資を始めてから2年間でマクドナルドの株価は2倍になりました。
JCペニーへの提案、スターバックスの会長激怒
アックマンは、100年以上の歴史を誇るアメリカの老舗百貨店JCペニーに目をつけました。
アックマン 古くからのやり方を変え、効率的な経営をすれば利益が増すはずだ
昔も組んだ事がある不動産王スティーブン・ロスと共に全体の26%まで買い進み筆頭株主となるとJCペニーの取締役への就任を要請しました。
JCペニーに取締役として受け入れられるとアックマンは、次々と改革を先導して行きました。
- 不採算店舗の閉店
- 商品数や販売事業の縮小
- コールセンター合理化
さらにCEOのマイク・ウルマンの交代を画策しました。
新CEO候補としてアップルの小売店事業の責任者として有名なロン・ジョンソンを取締役に入れ、猛プッシュしました。
ジョンソンは企業の歴史の中で最高のCEOになると思う。JCペニーを完全に変えてくれるだろう
その後、アックマンの思惑通りに2011年11月にCEOに就任したジョンソンは、改革に着手します。
店のレイアウトやロゴの変更、チラシの廃止などを行いましたが、その最も大きなものが特売などではなく常に低価格品をそろえておく「エブリデー・ロー・プライス」を掲げた事でした。
業績は落ち込んでいき、2012年度の売上高は前年から25%減の約130億ドルと急減。
消費者は分かりやすい特売が大好きだったのです。
ロン・ジョンソンの改革は、逆にJCペニーを苦境に追い込んでいきました。
2013年4月、JCペニーの取締役会でロン・ジョンソンは辞任に追い込まれました。
アップルと百貨店ではかってが違ったか...ロン・ジョンソンは消費者の気持ちを読み切れていなかった
CEO選任の失敗により、アックマンの発言力が落ちてくると、元のCEOマイク・ウルマンが暫定CEOに返り咲きました。
元々改革ができなかったウルマンじゃだめだ、次のCEOを早く選任すべきだ !
CEOの選任が遅いと取締役会にスピードアップを要求、これをネット上で公開。
これに怒ったのがスターバックスCEOのハワード・シュルツ氏です。
アルマンは会社を救うために日夜努力している。こういう文章をマスコミにリークすることは卑劣だ、アックマン自身がこういうやりかたで会社に大きな損害を与えているということは皮肉だ
ヘッジファンドが事業の経営に口出しすることへの嫌悪感がにじみ出ていました。
業績悪化に加えて、JCペニーのゴタゴタ世間に知れ渡り、株価は落ち込み、JCペニー株の約18%を保有していたビル・アックマンは巨額の損失を抱えました。
アックマンとJCペニーとの間には修復できないくらいの溝ができてしまっていました。
ついに2013年8月に、ビル・アックマンは持ち株を全部処分することを決め、取締役を辞任したと発表しました。
最終的な損失は、3億5000万ドルから5億ドルと伝えられています。
あらゆる策が、JCペニーに深刻なダメージ与えてきた。アックマンは、企業の破壊者だ !
本件では、アックマンと既存経営者側の意見と対立は深刻で、金銭的にも世間の評価的にも大失敗となってしまいました。
しかし、アックマンはその歩みを止めません。
サントリーのビーム社買収の立役者
次のターゲットは米国の蒸留酒最大手ビーム社でした。
元々ビーム社は、米家庭用品メーカーのフォーチュン・ブランズの事業の一部でした。
2010年頃からこのフォーチュン・ブランズの経営陣に対して次のような改善を主張します。
- 複合企業であることの相乗効果が見えない
- 企業価値を高めるために事業を分割した方がいい
フォーチュン・ブランズはアックマンの提案にのる形で事業の統廃合を行います。
ゴルフ事業を売却し、住宅関連用品の事業を分離し、蒸留酒の事業に集中した会社を立ち上げました。
そのようにして生まれたのがビーム社です。
ブランド価値向上策をした結果、2014年1月にビーム社の買収提案をしてきたのが日本のサントリーでした。
ビールで世界で戦うのは難しい。利益率が高く、新規参入の少ない蒸留酒を拡大する
その買収価格は160億ドルで、メディアでは高すぎるのではとの話が出るほどの高評価を得ました。
なぜなら、ビーム社などが分社化される前の親会社フォーチュン・ブランズの時価総額は70億ドルに過ぎなかったのです。
この時のビル・アックマンの持株比率は12.8%で3億5000万ドルもの金額を手にしました。アックマンンの企業価値向上策が的確だった事が証明された案件となりました。
アクティビストの恐ろしさを見せつけたP&Gへの改善要求
2012年、アックマンは全株式の4%ほど、20億ドルを一般消費財メーカー大手P&G(プロクター・アンド・ギャンブル)に投資します。
当時、P&Gは低価格の競合品やプライベート・ブランド商品に市場シェアを奪われ、業績が低迷していました。
アックマンは資料を携えてボブ・マクドナルドCEOと直接会談をするなど経営改善を要求しました。
経営のテコ入れが必要だ
当初P&Gは大企業として対応、あまり相手にしていませんでした。
若造が経営の事も分からずに吠えているだけだ
ところがアックマンはメディアを使って大規模なネガティヴキャンペーンを実施、他の株主とも連携しその要求を強固なものとして行きました。
それにより株価は低迷、たまらずP&Gは動きます。
- 通常の2倍以上の人員削減を実施
- 自社株買い60億
- ボブ・マクドナルドCEOの退任
そして後任のCEOには、過去売上高を約2倍にしたアラン・ラフリーが返り咲くことになりました。
アクティビストの恐ろしさ、軽視する事のリスクをまざまざと見せつけました。
ハーバーライフ、アクティビストVSアクティビスト
2012年12月20日、アックマンは、ハーバーライフがマルチ商法ビジネスだと批判するプレゼンテーションを行いました。
- ハーバーライフの製品を買った事のある人は少ないのに、売上がトップクラス
- 消費財メーカーの売上高利益率が45%程度であるのに対して、ハーバーライフは80%
- 競合他社の10倍以上の量の栄養粉末を売っているが、店頭販売はしていない。
- 商品を売る相手は消費者ではなく、販売員。
- 販売員で高い収入を得られるのは一握りで、その他大勢は在庫を抱えている
本件ではアックマンは使命感に燃えていました。
投資では上場会社の5%の株を取得すると証券取引委員会に届け出る必要があるが、空売りはその義務はないにも関わらず届け出たのです。
また、その10億ドルにもなる空売りから出た利益を慈善事業に寄付すると発言。
プレゼンテーションの翌日から3日間ハーバーライフの株価は35%下落し24ドルとなり、アックマンが予定通りの勝利を収めるかに見えました。
株価の操縦は許せない。SECに調査を求める
ハーバーライフのマイケル・ジョンソンCEOは非難しました。
自分は世界を変えたいと思う人間だ。
独善的、腹黒いと言われたっていい。ハーバライフを追い詰めるためだったらどこまででも行く
アックマンは勝利を確信していました。
ところが2013年1月9日、事態は急展開を見せます。ソニー投資で有名なダニエル・ローブが8%を保有し、同社第2位の大株主になったのです。
株価は5日間で20%上昇しました。
ダニエル・ローブもハーバライフが優良企業だと思っていたわけではありませんが、ハーバライフの売上高は米国よりも海外に比重があり、アックマンの空売りやメディア戦略の影響力が限定的だとみたのです。
さらに逆風は続きます。
1週間後、億万長者のアクティビスト投資家、カール・アイカーンが12.98%を保有している事が明らかとなります。
アックマンとアイカーンの2人は、ある投資案件でトラブルになったことがあった因縁の関係でした。ビル・アックマンの自意識過剰ともいえる態度が気に入らないとも伝えられています。
アックマンは嘘つきだ。彼は世界が自分を利用していると泣き叫ぶユダヤ人少年のようだ!
私がハーバライフの株を買うのは商品が実際に良いからだ
彼は約束を守らない人物だ。
信用するに値しない!
2013年1月25日のCNBC上で、お互いを罵り合い、異例の「ピー」音付きのマスキング処理が施されるほどの舌戦を展開。キャスターが止めに入るほどひどいものでした。
それ以降もメディアを通じて応酬は続きました。
こうなって来ると保有するだけで費用のかかる空売りは不利です。
ダニエル・ローブとカール・アイカーンは、自分をショートスクイーズさせて破綻させようととしている。
アックマンは自分に敵対する2人のアクティビストを非難しました。ハーバーライフの業務内容と関係なしに、ライバルが自分を狙い撃ちしているだけだとの思いがあったのです。
※ショートスクイーズ:株価上昇により空売りをしていたポジションの不本意な買い戻しを追られること
2016年4月時点の株価は、58ドル台を付けていて、アックマンは劣勢に立たされました。
しかし、ようやくアックマンに追い風が吹きます。
2016年7月25日、連邦取引委員会は不公平で詐欺的ないビジネス慣行を根拠にハーバーライフを告発しました。ハーバーライフは2億ドルを支払い和解する事態に。
ところが、ハーバーライフのマイケル・ジョンソンCEOは次のように発言
ビジネスを根本的に再構築する。
和解したことで、当社のビジネスモデルが健全である事が認められた。
1年後には株価は逆に11%上昇していました。
ネットフリックスのドキュメント番組で、次のように質問されています。
「株価が上がっている」と聴衆に質問されたらなんと答えますか
関係ありません、そのうち下がるハズです
このように答え、自分の戦略の失敗を決して認めませんでした。株価はその日に25%上昇しました。
アックマンのファンドはハーバーライフの取引のために3年にわたってマイナスのリターンが続き、2018年の40ドル台の時にアックマンはついに損切りしたと報じられています。
村上世彰との共通点と違い
日本で『物言う株主』といったら村上世彰ですね。
共に、強硬派の投資家で一度噛みついたら利益を取るまで決して離さないという点で似ています。 たまに失敗もしますけど。
村上世彰 :ニッポン放送のインサイダー疑惑で逮捕
アックマン:ハーバーライフのネガティブキャンペーンで大失敗
また、技術革新のスピードが速いハイテク業界には興味を示差ないという点も共通しています。
一方、違うところもあります。それは、「嫌われ度」です。
アックマンは、メディアを活用し経営陣に圧力をかける手法と自信過剰にも見える過剰なパフォーマンスから、投資先の企業だけでなく、投資家仲間からも良く思われていないようです。
村上氏も当然投資先の企業から恨まれていたり、胡散臭いとのイメージはぬぐい去れませんが、他方、村上氏の理念に対して理解を示す声も聞こえてきます。
その違いは、村上氏には「日本の企業にコーポレートガバナンスを根付かせたい」との信念(大義名分)があることです。 基本的にその企業の株主の味方なのです。すくなくとも表向きは。
だからアックマンのように「空売り」して企業のネガティブキャンペーンにより株価を下げて利益を得るような事はしません。
ジョージ・ワシントン大学のラリー・カニンガム教授は次のように語っています。
「利益を最大化すると同時に道徳者であることは難しい」
最後に
いかがでしたでしょうか。ハーバーライフの件では、アックマンは自分の権威を守ることと投資行動を一緒にしてしまっために、引くに引けない戦いに身を投じることになってしまいました。
投資に権威や善悪などを持ちこむ事は危険です。また、投資行動に影響を与えるような、外部への公表も自分を追い込むことに繋がります。
私たちも投資について、自分のポジションをツイッターやブログで公表するのはいいのですが、余り強気に出てしまうとアックマンのように引くに引けない状況に陥ります。
と言うか自分の売買に少しでも影響を出してしまう可能性があるような発信は控えた方がいいでしょう。
自分のポジションは明日はどうなるかわからないくらいのスタンスがちょうどいいようです。
cisさんの名言が思い出されます。
昨日さ、今年一億以上稼いだ俺様がみずほ空売ってるから、っていってもう内緒でドテンしているわけね。。。
私はみずほホールド側だけど↑のような言い方をするからcisってやつ大嫌い!!!
はあ?
相場は一分でも売り買いが変わるんだよ。
投資家はいざという時には、思い立ったら即行動くらいの身軽さが求められる物だと思います。
JOJOでいうとこの名言ですかね。
「ブッ殺す」「ブッ殺す」って大口叩いて仲間と心をなぐさめあっているような負け犬とはわけが違うんだからな
「ブッ殺す」と心の中で思ったならッ!
その時スデに行動は終わっているんだッ
つまり、
俺たちは「買おう」なんて言葉は使わない
なぜなら、俺たちが「買おう」と心の中で思ったなら!
その時スデに売買は終わっているんだッ
「買ってすでに売った」なら使ってもいい。
関連記事
日本の「もの言う株主」村上世彰さんの記事です。こちらもチェックしてみてください。
参考資料
本記事作成にあたり次のサイト・本を参考にさせていただきました。
◆書籍:
リスク・テイカーズ ―相場を動かす8人のカリスマ投資家
40兆円の男たち ――神になった天才マネジャーたちの素顔と投資法
ビッグミステイク レジェンド投資家の大失敗に学ぶ
ジョジョの奇妙な冒険 52 (ジャンプコミックス)
◆WEBサイト:
ビル・アックマンから学ぶ投資の心得『納得がいかない経営には空売りを仕掛け続ける』
- 本カテゴリの記事は基本的に主人公寄りで書いています。
- 極力資料に基づき記載していますが、会話の内容など一部脚色しています。
(おしまい)