漫才や絵本に留まらず、日本のエンターテイメント業界に革命を起こそうとしている西野亮廣さん。
エンタメで世界を獲る!
どのような家庭でどのような少年時代だったのかまとめました。
西野亮廣さんの出身地
西野さんは、1980年7月3日、兵庫県川西市で誕生しています。
家は普通のサラリーマン家庭で4人兄弟の3番目、上には兄、姉、下には弟が一人います。
あまり裕福でなく、服は兄にのおさがりで「お小遣い」なんてなかったとブログなどで語っています。
西野さんとお婆ちゃんとトイレの神様
西野さんは「お婆ちゃんっ子」だったそうです。
5歳下の弟が生れ、お母さんがそちらで手一杯になると代わりに面倒を見てくれたのは母方のお婆ちゃんでした。
幼稚園の送り迎えをしてもらったり、よく遊んでもらいました。
芸能会に入ってもずっと応援してくれていたそうです。
そんなお婆ちゃんが入院し、長くないかもしれないと聞いた西野さんは、スケジュールを調整しお婆さんに会いに行きます。
久々に会うとお婆ちゃんは西野さんがわからず病院の先生だと思って話しかけてきました。
認知症が進行していたのです。
しばらくすると「可愛がっていた孫」であることに気付き、悲しそうな顔をするお婆ちゃんを見た西野さんは、そこからお婆ちゃんとの最後の思い出作りを始めます。
妻夫木君とのコンパ(残りは西野さん、お母さん、婆ちゃん、インパルス堤下さん)をセッティングしたり、大好きな「はねるのトびら」の収録現場に招待したりしました。
半年後にお婆ちゃんが亡くなり、その思い出を忘れないようにまとめたのが2冊目の絵本『Zip&Candy ロボットたちのクリスマス』。
最新型のロボットと旧式で記憶が抜けていってしまうロボットのお話です。
こちらで無料公開されています「クリスマス絵本『ジップ&キャンディ』を全ページ無料公開します(前編)」
「Zip&Candy」と「トイレの神様」の縁
この話を聞いて、最初に思い出したのが植村花菜さんの「トイレの神様」。
どちらも好きだったお婆ちゃんとの別れを元に作った作品です。
「Zip&Candy」は、2010年1月25日発売。「トイレの神様」は2010年2月頃発表して徐々に人気を獲得してその年の紅白に出場。
発表タイミングが一緒ですので、どちらかが影響を受けたわけでなく、偶然に同時期に発表されたようです。
さらに植村花菜さんも西野さんと同じ兵庫県川西市出身だそうで、2011年頃に二人の交際報道が出たのはそういう事だったのか、と妙に納得してしまいました。
(残念ながら2012年破局)
西野さんのお父さん
西野さんのお父さんは真面目で寡黙。
味に無頓着で西野さんの「食べ物に興味がない」のは父譲りのようです。
基本無口で、料理を作ってくれた奥さんに味の感想や感謝の気持ちを伝えたことがないほど。
大の三国志好きで、西野さんの名前の「亮廣」は、『三国志』の「諸葛亮(孔明)」から「亮」という字をとったほどです。
子育てはあまり手を出さずに基本は奥さんに任せっぱなしだったとか。
ただ、西野さんのやる事には反対せずに「行け行け」と背中を押してくれて、お笑い芸人になるのにも反対されなかったそうです。
両親の様子はカジサックの部屋の動画「【ドッキリ】西野の実家に内緒で突撃したら西野がブチ切れました」で見れます。
西野亮廣とお母さん
一方、お母さんはおしゃべりで料理上手で天然。
ある時、お母さんが家族会議を開き「男4人みんな同じ白ブリーフで洗濯物の仕分けが面倒だから名前を書きたい」と訴えたことがあったそうです。
西野さんたちも常々人のブリーフなんて吐きたくないと思っていたので満場一致で採用されました。
そこでお母さんがブリーフのゴムのところに名前を書いたのですが、その文字が
「西野・西野・西野・西野...」
「やばいなこいつ」と子供ながらに思ったそうです。
そんな愛すべきお母さんは、お父さんは仕事で忙しかったこともあり、余り子育てに係わらなかったので女で1つで4人の子供の面倒を見ていました。
小さいころ西野さんはよく泣く子で、ずっとおんぶしながら家事や姉・兄の面倒を見ていて腰を悪くしてしまったとか。
そんな面倒見のいいお母さんとは仲良しで、呼び方は「母ちゃん」。今でも西野亮廣家に定期的に滞在しています。
お母さんがいる時に亮廣家に訪ねてきた人には、必ずピルクルを渡してもてなすのだとか。
キャラがたっていて愛すべきお母さんですね。
西野さんの小学時代
小学校は地元の川西市立多田東小学校。
小学校低学年の時の好きなファミコンソフトは1番が「スーパーマリオ」で、2番目は歴史シミュレーションの「三国志」。
「諸葛亮(孔明)」から「亮」の字を取っただけあって、この頃から時代時代の軍師や戦略を調べるのが好きだったそうで、戦略家の片りんが垣間見えます。
ただ、それが花開くのはまだまだ先、学校の成績は非常に悪かった。
それも生半可な悪さでなく、学年で下から5番目。
それも不登校とか試験を受けていない子を含めての下から5位なのでほぼ最下位。悪いことに授業はちゃんと聞いていたのです。
日記すらも満足に書けなかったとか。両親はめちゃくちゃ心配していました。
ただ、コミュニケーション能力は、ばっちりで、友達も多く、先生ともめっちゃくちゃ仲良しでした。
勉強はできないが、友達はいっぱいいて、学校一の人気者。そんな少年でした。
夢は、小学2年ぐらいからお笑い芸人。
キッカケはテレビ番組の内容を教室で真似したところ凄く受けて、好きだった子に話しかけられたこと。つまり、モテたかったから。
40歳を超えた今も「絶対浮気するから結婚は無理」と言い切り、フリーな恋愛を謳歌している西野さんらしい動機です。
このお笑い芸人を目指すキッカケとなるエピソードは、コロナで亡くなった志村さんとの思い出と共に西野さんのnote「帝国に挑む(9) ~志村けん~」につづられています。
西野さんの中学校時代
中学も地元の多田中学校に進学した西野少年。
バスケットボール部に所属し、モテモテだったそうです。
すこしでも早くお笑い芸人になりたくて、中学卒業したら吉本に行きたいと思っていた西野さんでしたが、お母さんから「高校だけは出て」と待ったがかかります。
しぶしぶ高校に行くことにしますが、問題が。
引き続き勉強は学年最下位レベルで先生からは「お前の行ける高校はない」と言われるほど。
また、西野さんのお兄さんとお姉さんは優秀で学費のかからない公立高校に通っており、お金のかかる「私立に行きたい」とは言い出せない状況でした。
追い詰められた西野さんは母親に「私立に行くより塾に行ったほうがいいだろ?」と説得し、本気で勉強に取り組み始めます。
その通い始めた塾で恩師と出会い、数学だけは学年一位を取るなど急成長。
躍進の理由は「先生から人に教えるように指導された事」。
出来ないのに他のクラスの生徒を教えるように言われた西野さんは「人に迷惑はかけられない」と勉強のモチベーションが上がり、そこから学力が向上したのでした。
参考:【西野亮廣さん対談】成績最下位を逆転させた出会いと転機【Part2】
毎日放課後、人に教える習慣ができ学力は急上昇、見事志望校に合格したのでした。
西野さんの高校時代
進学した兵庫県立川西緑台高校ではハンドボール部に所属します。
理由は、3年生は0人、2年生が2人と先輩が少なくて、下積みが不要ですぐレギュラーになれるから。
中学の時のバスケット仲間を誘って入部すると狙い通りすぐレギュラー、ハンドボールというマイナー競技に運動神経がいいメンバーが参入したので強豪チームとなり、3年間で弱小の5部リーグのチームが1部にあがると言う活躍を見せたのです。
ハンドボールに詳しい監督がいなかったので、西野さんが監督も兼任していたそうです。
お笑い好きは変わらず、部活が終わったらみんなで集まって、漫才やコントしするそんな高校生活でした。
参考:西野亮廣エンタメ研究所ラジオ【公式】 「親に反対される? …親ぐらい口説け!」
こうしてみると、お笑い、下積みなし、戦略を練るポジション(監督)と後の活躍を暗示するような活動をしていました。
高校卒業後、吉本の養成所NSCに入学し、波乱万丈の芸能生活が始まります。そこからの歴史は次の記事でまとめていますので、興味のある方はチェックしてみてください。
西野亮廣の兄弟
西野さんは、4人兄弟です。兄、姉、西野さん、弟の順番。
兄は5歳上、姉は2歳上、弟は5歳下です。
情報は少ないですが、ご兄弟の情報です。
西野さんのお兄さん
お兄さんとは会話が少ないそうです。
西野さんのお姉さん
しっかり者のお姉さん。梶原さんにトイザらスで働いているのを目撃されています。
西野さんと弟
末っ子でみんなから溺愛されて育つ。
「もの凄くシャクレている」と相方の梶原さんに弄られていましたが、写真を見る限り全然そんなことないですね。
2021年1月11日放送の番組「10万円でできるかな」で西野さんがナンバーズ3で当選、番号を選んだ理由が弟の誕生日だったことで「たっちゃん!」と名前を叫ぶ一幕がありました。
期せずして、名前と誕生日が全国に知られてしまいました。
地元・川西市で仕掛けるエンタメ世界戦略
西野さんは、お婆ちゃんやご両親、友達との思い出の詰まった地元・兵庫県川西市を大切にしています。
今でも定期的に帰っていて小・中・高時代の同級生とも交流(呑み会)しているようです。
さらに、川西市に絵本の世界とリンクした「えんとつ町」を作ろうとしています。
すでに土地を購入済みで美術館を建設中。
絵本の世界観を再現した「スナックcandy えんとつ町店」はすでにOPENしています。
そのほか、町の銭湯にも関わっていて、自身の光る絵本を寄贈しています。
詳しくは次の記事で記載していますが、町作りは、西野さんのエンタメの世界戦略の要と位置付けられていて、それを地元でやろうと言うのは町おこしにもなりますし素晴らしい試みですね。
ぜひ「えんとつ町」のトイレには神様が隠れていてほしいのですが、叶わぬ願いでしょうか。
(おしまい)